アニバーサリーモデル"The1000th"特集

"The 1000th"と飛鳥チームビルドについて

飛鳥チームビルドシリーズは2016年2月に生産台数1000本超えるまでにいたりました。そこで、これまでのギター作りの一つの区切りとして相応しいものとなるよう「職人の気持ちを込めた一本を作る」というプロジェクトがスタートしました。このコンテンツではこの1000本目のギター「The1000th」を軸として飛鳥チームビルドシリーズのこれまでと今、そして今後の展望をお届けします。

 


"The 1000th"アウトライン
The1000thの外観はひと目で分かる豪華な仕様。アバロン貝のヘキサゴンインレイ、ボディにバインディングが入り、ヘッド天神にはこれもアバロン貝で入れられた"HEADWAY"ロゴ。ボディバックの板目が美しいマダガスカルローズウッド、ボディトップのアディロンダックスプルース、ネックのホンジュラスマホガニーと持てる木材ストックの中でも最上級のものが使用されています。
指板に大きく入れられたヘキサゴンインレイは一枚から切り出した深い輝きが際立つアバロン貝を、また弦の接点にあたるナットとサドルには希少な素材となって久しい象牙を使用しました。
オープンタイプのペグでは世界最高峰の人気を誇るウェーバリー4062Gを採用。バタービーンシェイプのペグボタンには彫金加工が施され、豪華な印象を与えます。外観もさることながら絶妙なトルク感とスムーズな回し心地で機能面でも抜群です。
アコースティックギターの音に大きく影響を与えるブレイシングの仕様はスキャロップド・フォワードシフトブレイシング。具体的には2013年限定モデルHD-115 ATBから採用されたブレイシングパターンを取り入れられています。
高音域と低音域がバランスよくハリのあるきらびやかなサウンド。倍音成分が多いながらも音の芯はしっかりと残り、粒の揃った音はコードストロークでもアルペジオでも空間に広がる様な印象を与えます。

このモデルだけのプレミアムノベルティを付属。木製スペックカード、一部にハカランダを使用したハードケースプレート及びロッドアジャストレンチを付属。ギターだけでなく、一つ一つのアイテムをヘッドウェイクラフトマンが心を込めて作りました。

 

The 1000th
希望小売価格・・・¥1,000,000(税抜)
製品仕様

ボディトップ Adirondack Spruce
ボディサイド・バック Madagascar Rosewood
ネック Honduras Mahogany
指板 Ebony
ブリッジ Ebony
ナット&サドル Ivory
マシンヘッド Waverly 4062G
スケール 644mm
ナット幅 43mm
ブレイシング Scalloped Forward Shift X Bracing
フィニッシュ Thin Urethane

 

ビルダー安井に聞く、The 1000thと飛鳥チームビルドの今

飛鳥チームビルドシリーズのチーフビルダー安井雅人にThe 1000thの制作上の苦労と飛鳥チームビルドのこれまでとこれからについて伺いました。

-The 1000thの制作にあたってお話を伺いたいと思います。既にこのモデルを作り終えてシリアルナンバー1000番以降のモデルもどんどん生産が進んでいる状況ですが、ここまでの約1000本を振り返って何か思うところはありますか?
安井:2011年頃から本格的にスタートして、ひたすら目の前の事に集中していたら1000本を超えていたという印象です。

-なるほど。The1000thはどんなきっかけで制作がスタートしたんでしょうか。
安井:1000本目ということで何か特別なものを作ろうという話は少し前からあったんですが、実際問題なにを作るかというところでは少し考えましたね。結果としていわゆる45モデルというスタイルに決まりました。

-見るからに豪華な印象ですが、このスタイルに決まったのはどんな理由なんでしょうか。
安井:当然見た目が豪華であるというのはこういったアニバーサリーモデルでは重要です。ただ、それゆえに制作に求められる技術も高いという側面があります。
自分たち作る側の人間としては、むしろ技術的に難度が高いこのモデルを選ぶことで現時点での自分たちの力だめしになると思いました。

-単に「豪華な仕様だから」という訳ではないんですね。
安井:ネックの加工からインレイの入れ方一つ一つといった細かな部分まで、各工程で高い精度を求められるのが45というモデルなんです。


-例えばどういったところが難しいですか?
安井:この口輪部分。アバロンのバインディングがボディトップ外周から指板の差し込まれている部分もぐるっとおおっている訳です。このアバロンはトップ板を加工する段階で埋めてられており、ネックが後からセットされます。
僅かでも左右の間隔に差があるととても目立ちます。
もっとシンプルな装飾のギターであれば、ネックセットの後工程に対して、ある程度加工上の余裕があるんですが、このスタイルだとトップ板に対してネックは必ず真っ直ぐこなければならず、余裕が全くありません。しかも序盤に位置が決まってくるため、以降の作業が全てタイトになってしまいます。


-技術の裏打ちがあってこその豪華なルックスなんですね。
The1000thについて木材は何を使っていますか?
安井:アディロンダックスプルースをボディトップに、ボディサイドバックはマダガスカルローズウッドを使用しています。指板もご覧のとおり全く縞のない「マグロ」と呼ばれるエボニーです。
今回のモデルはATB(飛鳥チームビルドシリーズ)の中でも特別なモデルということで、普段百瀬さんが使用するストックの中でも最上級のものを百瀬さんと一緒に選びました。
また、ラミネートではなく一枚から切り出したアバロン貝のヘキサゴンインレイを埋めました。ラミネートだとどうしても光沢感が浅かったりしますが、一枚だと濃淡が出て奥深い輝きが出ますね。
ナットとサドルには象牙を使用しています。象牙は独特の滑りがあって、弦との相性が良いんです。

 


-ヘッドウェイの縦ロゴも珍しいですね。
安井:これは飛鳥チームビルドでは初ですね。ヘッドウェイ全体でみてもすごく久しぶりな気がします。

 

飛鳥チームビルド・スタート時の苦労

-The1000thがただならぬ1本であるということが伝わりました。
ではこれまでの飛鳥チームビルドシリーズについて振り返りたいと思います。どのような状況でのスタートだったんでしょうか。
安井:2011年からスタートしたんですが、一番はじめはプロトモデルを作りましたね。プロトモデルは仕様も全部自分たちで決めていいということだったので、そのとき自分たちが考えたものを形にしました。

-そのギターはどんなものでしたか?
安井:比較的スタンダードな仕様です。フォワードシフトスキャロップブレイシングで、シトカスプルーストップ、マホガニーサイド・バック、指板とブリッジにマダガスカルローズウッドを使ったギターです。
それまでカスタムシリーズに携わる中で、百瀬さんしかしない作業というのがありました。そこをどうするか、というのが第一の問題でした。

(*ヘッドウェイカスタムシリーズは百瀬恭夫+現在の飛鳥チームビルドスタッフにより制作されていた。飛鳥チームビルドはカスタムシリーズ制作スタッフから百瀬恭夫を外したメンバーで制作している。)

-それは具体的にはどういった作業なんでしょうか。
安井:「ネックの仮仕込み」「甲貼り」という作業です。

-なるほど。一つずつ順に聞きたいと思います。「ネックの仮仕込み」とはどういう作業なんでしょうか?
安井:ATBはボディとネックを「塗装の後に」接着する「ネックの後仕込」という方法をとっています。実際にネックを完全に接着する「後仕込」に備えて塗装の前にボディとネックを合わせるのが「ネックの仮仕込み」です。
この作業で重要な事は、素材である木材に個体差があり、一台一台微妙に異なることです。少し膨らみがちな木もあれば、縮みがちなもの、固め、柔らかめ、粘りのある無し、それら複数の要素が重なってその木材の特徴となります。
そして、そういった個性のある木でできたボディ部分、ネック部分を、この「仮仕込み」の段階で完全にマッチングさせます。

-これ以降は「このボディに対してこのネック」と。
安井:そうです。この画像の様に「アリミゾ」と呼ばれる特殊な形をボディ側、ネック側に作ってそれを噛みあわせます。この溝の加工をいかに正確にできるかが問題です。

極端にいえば、「溝を削りすぎるとネックが入り込んでしまう」「センターを通らずネックが傾いた状態でついてしまう」といった問題になります。


-では仮仕込をちゃんとやれば後の仕込みはスムーズになると。
安井:いや、そうとは言えません。後の仕込みも技術が必要です。
塗装工程は塗装したり乾燥したりと短時間で環境がかわり、ギターもその影響を受けます。
当然板は動き、後の仕込みの時はその板の動いた分を補正したりする意味もあるので、仮仕込を経験して、理解した人でないと後の仕込みもできません。

 

-そうすると、結局仮仕込みと甲貼り以外にも作業上難しい場所は山積みですね。
「甲貼り」の方はどんなところが難しいんでしょうか。
安井:オモテ板、ウラ板、サイド板をこの工程で接着します。この時当然のように3つのパーツは全てセンターが共通に出ていないといけない訳ですが、センターを出すという作業は言葉で言うほど簡単にはできません。
接着するときの治具の締め方や、ボンドののりしろとなるライニングやブレイシングの細かな溝(※画像赤丸部分を参照)を正確に削り出して、接着するときに板と板がブレずに止まることが大事です。

実際ATBシリーズがスタートして、それまで百瀬さんがしていた作業について、百瀬さんからの指導というのはあったんですか?
安井:聞けば教えてもらえるし、それまでも何度か説明を受けたことはありますが、結局手を動かさないと出来るようにはなりません。
段取りを理解するのは前提ですが、何度も削って数をこなすしかないと思います。

-安井さんは現在ATBのリーダーということですが、チームとしてはスタートからこれまでをみて何か感じることはありますか?
安井:基本的にメンバーの入れ替わりなく続いているので、年々お互いの連携や意思疎通はスムーズになって、より高みに挑戦できる土台ができつつあると思います。

 

-同じ部屋で百瀬さんも作業をしている訳ですが、百瀬さんとのコミュニケーションはありますか?
安井:日中は作業に集中していますが、要所要所でよく話します。昔は「ここどうやったら良いですか?」といった一方的な質問が多かったと思いますが、ここ最近はまず自分で考えて手を動かした上で「ここをこうやりましたけどどう思いますか?」という聞き方になりました。
周りから見た時に「ヘッドウェイ=百瀬さん」というイメージが強いと思いますが、実際の中身まで「百瀬さんがいないとわからない」という状況は極力なくしていかなければいけません。そのためにも各自が主体的に考えて行動できるチーム作りを心がけています。

-では最後に、飛鳥チームビルドとしてこれからどうなっていきたいですか?
安井:生産本数、価格帯、そして品質の面から飛鳥チームビルドのギターが実質的にヘッドウェイのイメージに一番影響を与えるラインナップだと思います。
生産本数をアップさせることはもちろんですが、チームのメンバーが皆さらに実力をつけて、より多くの人に選んでもらえるような、長く弾き続けてもらえるようなギター作りを続けていきたいと思います。

-リーダーである安井さんはその中でどういう位置づけにありますか?
安井:今ちょうど少しずつ飛鳥チームビルドの自分の作業を後輩と共有しながら、自分のカスタムモデル制作を増やしてます。私がカスタムモデルや新しい事を試しながら、そこで得たいいアイデアを飛鳥チームビルドで共有し、展開するという動きができると良いなと思います。

-「新しいこと」と言うと例えば今はどんなところに興味がありますか?
安井:まずはトラスロッドの仕込み方や、ブレイシングといったところですね。アイデアはあるんですが、歴史の流れに耐えてきた従来の仕組みのメリットも十分に理解した上で、「演奏される現場で役に立つ」新しいことをやりたいと思っています。

-色々お話を聞かせていただきありがとうございました。

 


The1000thを通過点として次へ向かうチームの前向きな姿勢が伝わってきました。2016年5月に行われるハンドクラフトギターフェスへ向けて、今回インタビューを受けた安井が設計・制作したカスタムモデルが出展されます。ぜひこちらのギターにもご注目ください。