独特の質感、拭きうるしの光沢。
まず初めに目に入る独特のブラウンカラーとしっとりとしたツヤ感。一口に漆塗りと言っても、その仕上げには様々ありますが、今回ヘッドウェイで採用したのは「拭きうるし」という手法でした。
漆塗りって
木目を生かし、すっと手に馴染む質感が欲しいから「拭きうるし」
漆塗りは日本文化に古くから根付く塗装方法。ただ日本人として生きているだけで「うるし」という言葉は必ずどこかで耳にしていると思いますが、「どのように漆塗りが行われているか」、「どんな種類があるか」と少し突っ込んだ内容になると、あまり意識したことが無い方も多いのではないでしょうか。
漆塗りや他の塗装のメカニズム
そもそも漆(ウルシ)の木から採れる樹液を使用する漆塗り。林間学校や森の散策では「山道沿いのウルシにかぶれないように」と注意を受けたりすることもしばしばです。
主たる成分はウルシオール、そしてラッカーゼという酵素です。酵素が働き、空気中の水分から酸素を吸収。ウルシオールと酸素が合わさって丈夫な塗膜を形成します。
一般的に塗料の乾燥プロセスは2種類に分けられます。
(A:)一つは乾燥のみで塗膜を形成するもの。つまり樹脂+溶剤の状態の塗料を木に塗り、乾燥すると溶剤(シンナーやアルコール、水など)が揮発し、樹脂が木に定着するという塗料。
(B:)そしてもう一つが化学反応により塗膜を形成するものです。こちらは化学変化が発生し、進行することで塗膜が硬化します。そして平たく言うと、こちらの方が塗膜が丈夫と言われています。
勘の良い方はお気づきのとおり、Aがニトロセルロースラッカー、そしてBがいわゆるポリウレタン塗装を指しています。
漆は酵素のラッカーゼの働きにより、主成分のウルシオールの酸化重合が進み塗膜が硬化します。つまり漆もBの化学反応により塗膜が形成される仕組みです。
ウルシオールの硬化に欠かせないラッカーゼという酵素。この酵素のポテンシャルを最大限に発揮させるには、他の酵素同様(例えばお醤油や納豆、日本酒も酵素による仕事が完成品に多大なる影響を与えています。)に環境が大事です。
一般的に漆が乾く(硬化する)のに最適な条件は湿度70%〜85%、温度24〜28℃とも言われています。
ラッカーゼが働きやすい環境を理解することは、漆を扱う職人にとって重要であることに間違いありませんが、話はそう単純ではありません。
それは漆が人工的に作られたものではなく天然のものだからです。漆塗りは漆の木から漆を掻く(木から樹液を取り出す)ところからスタートします。取り出した時期や生えている場所、その他様々な要因が複雑に折り重なって取り出された生漆は当然成分にも幅があります。
塗料そのものに幅があり、加えて塗布する対象(今回の場合はギター)もさまざまです。さらに先述の通り「塗る環境」にも気を配らなければならないという中で漆職人は最適な手段で漆塗りを行っています。
季節限定
先述の通り、ギターに最適な漆塗りを検討する中でギターに対する漆塗りは「春から夏にかけてのみ制作可能」ということになりました。つまり、今年の夏が終われば次の制作は暖かくなる来年の春ということになります。
拭きうるしという仕上げ
全国でそれぞれに独自の文化を育む漆塗りの世界。仕上げ方法も多岐に渡ります。蒔絵(まきえ)や貝を使用する螺鈿(らでん)といった豪華なものから、表面に凹凸をもつ石目、塗り立てなどなど。
ヘッドウェイの漆ギターは数ある中でも「拭きうるし」という技法にて仕上げています。漆を塗っては拭き取り、また塗っていく、という方法で、素材であるシトカスプルース、アフリカンマホガニーの木目を引き立てる仕上げです。
手触りは分厚いツルツルの塗膜のそれとは全く異なり、適度にしっとりと引っ掛かりがある馴染みやすい仕上げ。ネックグリップのフィーリングはグロスフィニッシュやサテンフィニッシュとはまた異なる独特のものです。
ところで、各地の漆塗りについて調べていると「装飾品、献上する品としての漆塗り」と、「自分たちが長く愛着を持って使うための漆塗り」が見受けられます。蒔絵や螺鈿が前者ならば、拭きうるしは後者、決して派手な仕上げではありませんが、いつも手に取って弾きたくなるような親しみやすさと落ち着いた雰囲気が魅力です。
サウンドの魅力
拭きうるしの良さは、塗膜の薄さにもあります。これによりギター自体の鳴りがオープンになり、ヘッドウェイのサウンドをより際立たせます。
あらかじめお伝えしておきたいこと
漆塗りのギターは漆が完全に硬化してしまえばかぶれる心配はほとんどありません。安心してお使い頂くことができます。(以前かぶれたことがあるなど、うるしに対して過敏な方は念のためご注意ください)
演奏後は乾拭きを基本にヨゴレが付かないようケアすることをお勧めします。漆で塗装された部分にはポリッシュやオイルワックスなど使用しないようにお願いします。しぶといヨゴレには水を固く絞ったクロスなどで部分的に拭くといった方法をお試しください。
基本的には一般的なギタースタンドを問題なくご使用頂けます。また、ハードケースやクロスなど、ギターに触れるものは他のギターと同様のもので問題ありません。
漆塗りは性質上、木目や木肌が影や細かな点といった形で現れたり、強調されたりすることがあります。これはギターが自然の木を使用していること、拭きうるしという塗装方法を選んでいることなどから当然の現象であり、それを一つの個性として制作しております。
お使い頂く皆さまにおかれましてもあらかじめご承知の上ご検討ください。
「日本のギター」を体現する漆塗りギター
うるし塗りで仕上げたギターはこれまでも他メーカー含めて幾つかありましたが、基本的にはごく僅かな生産本数に限られ、目にする機会も少なかったのではないでしょうか。
ヘッドウェイの漆ギターは長野県東筑摩郡朝日村の漆職人・小林登さんによる漆塗りです。飾り物としての漆塗りでは無く、普段使いの、距離の近い、機能的な漆塗りについて、以前のインタビューも合せてご覧ください。
うるし塗りについて”彩漆KOBAYASHI・小林様インタビュー”
http://www.deviser.co.jp/content/2016525
(制作する)季節を限定する漆塗りギターですが、その質感・感触を実際のギターに触れて感じて頂ければ幸いです。
動画で紹介する「うるし塗りギター」
※以前製作したギターを取り上げております。